「植物ロボット、はじめました。」横浜花博への挑戦

「このロボットの飼い主ですか?」:植物ロボットプロジェクトの始まり
temiとの偶然の出会いから生まれた問い
ある現場で、いつものようにtemiが自律巡回していました。
iPresenceが提供するロボットtemiは、あらかじめ設定されたルートを静かに移動しながら、音声アナウンスや軽度の案内業務をこなします。その日のタスクを終えたtemiを回収するため、現地に現れたのはiPresenceの藤永でした。
その時、一人の人物が声をかけてきました。
「このロボットの飼い主ですか?」
ややユーモラスな言い回しに、藤永は笑みを浮かべて頷きました。 声をかけてきたのは、株式会社グリーンディスプレイの大塚氏でした。
続けて彼が発した言葉は、唐突でありながら、どこか詩的でした。
「突然で混乱されるかもしれませんが……植物を、植物自身が求める通りに移動させてあげたいのですが、実現できますか?」
一瞬、時が止まったような感覚がありました。
それは「ロボットに植物を載せて動かしたい」というような実用的な提案ではありませんでした。 その言葉には、植物が“求める”という概念がある。 まるで植物が、静かに何かを感じ、何かを望んでいる──そんな前提で語られた問いでした。
藤永は、その非論理的ともいえる感性の核心をすぐに理解しました。そして、少し目を細めながら応じました。
「……ほほう? もし“植物の意思”を何らかの形でデータとして抽出できる技術をお持ちであれば、その情報に応じてロボットを動かすことは可能です。どう定義し、どう具現化するかによって開発の工数は大きく変わりますが、“できます”とは言えますね。」
その瞬間、大塚氏の目がきらりと輝きました。
「ぜひ、一度お打ち合わせさせてください。」
この一言を起点に、植物ロボットプロジェクトは静かに動き始めました。
iPresenceは、ロボティクスと遠隔操作技術を用いて、人と空間の新しい関係性をデザインし続けている企業。 グリーンディスプレイは、植物を単なる装飾物ではなく、「空間のなかで共存する生命」として扱ってきた、空間演出のプロフェッショナル。 異なる領域に身を置くふたりの対話から、当たり前に植物が歩き回る社会の実現の可能性が、加速したのです。
「植物の意思」を可視化する:グリーンディスプレイとiPresenceの視点
両社が共有する「生きものと空間とテクノロジーの関係性」
この共創は、異なる専門性をもったふたつの組織が、まったく同じ一点を見つめた瞬間から始まりました。
植物は何を感じているのか。 そしてそれを、どう空間に表現できるのか。
グリーンディスプレイは、これまで多くの空間に“緑”を届けてきました。商業施設、オフィス、公共空間、時には舞台美術として──植物はそこに“静かに存在するもの”として置かれてきたのです。ですが彼らが追求してきたのは、植物の美しさではなく、植物が空間にもたらす「感覚」や「気配」でした。人がその空間に入ったとき、言葉にならない安心感ややすらぎ、微細な感情の変化を引き出すために、どの植物をどこに、どのように置くかを設計してきたのです。
だからこそ、大塚氏の発言──「植物を、植物自身が求める通りに動かしたい」という言葉には、“演出”を超えた意志が宿っていました。 植物の「装飾的価値」ではなく、「存在としての主体性」を空間に解放しようとしていたのです。
一方で、iPresenceが取り組んできたのは、テレプレゼンス技術による“人の拡張”でした。 ロボットに乗って遠隔から空間にアクセスし、そこに「居る」という感覚を取り戻す。物理的距離や制約を超えて、存在を空間に投げ込む──それがiPresenceの基盤にある思想です。
つまり、「人の意思をテクノロジーで空間に可視化する」という構造に、ずっと取り組んできたとも言えます。 そこに「植物の意思を可視化する」という命題がやってきました。
この出会いは、どちらにとっても大きな転換でした。 空間における存在の意味を問い直すグリーンディスプレイと、意思を空間に転送してきたiPresence。 まったく異なるアプローチでありながら、両者が見つめているのは、「生きものと空間とテクノロジーの関係性」だったのです。 植物は、本当に動きたいと思っているのだろうか。 動きたいとしたら、どんなときに?どこへ?誰のそばへ? その仮説に、両社は真剣に向き合い始めました。
植物ロボット「temi」による移動型グリーンの実現
「動いている」から「動きたがっている」へ:演出の重要性

共創プロジェクトの第一歩は、既存の技術の掛け合わせからスタートしました。
iPresenceが展開するテレプレゼンスロボット「temi」と、グリーンディスプレイが厳選し、空間を演出する植物。この二つを組み合わせることで、「動く植物」というまったく新しい存在が誕生したのです。
実は、グリーンディスプレイはかつて一度、植物をロボットに搭載して動かす実証を行っていました。当初は、あらかじめ決められたプログラムに沿って自動走行する仕組みを想定していましたが、当時のロボット技術では、人が行き交うイベント会場内での自律移動は安定性に欠け、実用に耐えませんでした。そのため、やむを得ずラジコンのように人が操作する方式での展示となりました。
確かに植物は動いていましたが、それは「誰かに動かされている」という印象にとどまり、植物自身が「動きたがっている」ように見えるふるまいにはなりませんでした。ここに、「動いている」ことと「動きたがっている」ことの違いがあったのです。
そのため、今回のプロジェクトでは、“人が操作している”という印象を極力排除し、まるで植物が自律的に移動しているかのように感じられる「演出」が重要なテーマとなりました。
temiの自律走行機能と空間マッピング技術を活用することで、事前に設定したルートや反応条件に応じて植物を動かすことが可能になりました。その結果、ただ物理的に移動するだけでなく、“ふるまい”としての動きが空間に現れてきたのです。
たとえば、temiに乗った植物がゆっくりと人のほうへ近づいてくる様子。それを見た人々は、一様に驚き、そして笑顔を見せました。
「なんだか、生き物みたいですね」
「癒される」
「移動する植物なんて、初めて見た」
誰かが操っているのではない。植物が、まるで自分の意志でこちらに寄ってくるように見える──それだけで、見る人々の心に「関係性」が芽生えます。この最初のステップで得られたのは、「動く植物」が空間に与える心理的インパクトの強さ、そして「操作しているように見せない」という技術と演出の重要性でした。
ここから、植物ロボットが本当に“表現する存在”へと進化していく構想は、次のステージへと進んでいきます。
横浜花博で「伝える植物」へ:環境と人をつなぐインターフェース
IoTとしての植物ロボット

temiに乗って移動する植物ロボットは、予想以上に人々の心を動かしました。
ただ視線を引きつけるだけでなく、「話しかけたくなる」「気にかけたくなる」といった感情までも喚起するのです。人々はまるで、その植物に“何かが宿っている”かのように接し始めました。この現象は、単なる演出の域を超えていたのです。
だからこそ、次に私たちが目指したのは、「植物が“何かを伝える存在”になる」という構想でした。
植物は、動物のように声を持たず、表情もありません。しかし、植物は確かに“環境に反応する”存在です。水が足りないとしおれ、光を求めて枝葉を伸ばし、空気の質にも敏感に反応します。その“反応性”をセンサーで捉え、データとして可視化し、動きや光といった手段で表現できるとしたら──。
植物は、単なる鑑賞物ではなく、環境と人をつなぐ「インターフェース」になり得ると考えました。

たとえば、空気が乾燥し始めると植物ロボットが別の部屋へ“避難”していく。温度が上がりすぎると、冷房の効いたエリアに“逃げる”。あるいは、特定の人の近くに好んで近づくような“振る舞い”を見せることも可能です。
そこに明確な言語は存在しません。けれど、「あ、何かを伝えようとしてる」という感覚が、人々の心の奥にじわりと届くのです。これは、情報伝達の革命ではありません。“感覚伝達”の再設計と言えるでしょう。
IoTとしての役割も想定しています。植物ロボットに組み込まれたセンサー群が、空気中の成分や温湿度、あるいは人の動きを感知し、クラウド上に蓄積されます。そのデータをもとに、植物自身が「どこにいたいか」「何を感じているか」を判断し、移動や光の変化などのかたちで表現する。それは、“植物の環境翻訳装置”とも呼べるかもしれません。
この未来を実現するには、センサー技術、AIによる感情モデリング、移動制御、UI/UX設計など、多くの分野を横断する開発が必要です。ですが、temiと植物の初期実験が証明したのは、人はその表現に想像以上に強く反応するという事実でした。
“伝える植物”。
それは、空間と人をやわらかくつなぎ直す、まったく新しい存在の形なのです。
植物ロボットに宿る感性:技術と感性の境界にあるもの
「生きていると感じさせる」ための、ゆらぎと曖昧さ
動画の音をオンにしていただくと、まるで植物と会話しているような様子をご覧いただけます。
「植物が伝える」と言っても、それは単に技術だけで成立する話ではありません。どんなに高度なセンサーを使って環境を検知し、AIで分析して動作に変換できたとしても、そこに“伝わる感覚”がなければ、それはただの仕掛けに過ぎないのです。
本質的な問いは、「人は、植物に何を見ているのか?」ということ。あるいは、「植物が伝えようとしていると、人が感じるとは、どのような状態なのか?」ということでしょう。このプロジェクトが突き当たるのは、技術の限界ではなく、まさに感性と認知の設計なのです。
植物ロボットが何かに反応して動いた時、それを見た人が「かわいい」と感じるのか、「気味が悪い」と感じるのか、あるいは「無関心」で終わるのか。その分岐点は、技術そのものだけでなく、演出と設計の繊細さにかかっています。
たとえば、移動のスピードを考えてみましょう。
人の歩行に寄り添うようなゆっくりとしたテンポで近づいてくる植物ロボットは、まるでこちらの心を察してくれているように感じられます。逆に、突然直線的に早く動くと、機械的な印象が前面に出てしまい、「植物らしさ」が消えてしまうのです。
つまり、“生きていると感じさせる”ためには、細部のゆらぎや曖昧さが必要になります。これは、工業製品の設計とはまったく異なる、感性の領域なのです。
そして、iPresenceとグリーンディスプレイは、この“境界の設計”にこそ可能性を見出しています。論理と詩性。制御と自由。演出と自然。
「ロボットなのに、やさしい」
「植物なのに、意思があるように感じる」
このような矛盾が同居する存在こそが、空間の中で静かに、人の感性を揺さぶります。まるで“もう一人の住人”のように、何も言わず、しかし確かに何かを伝えてくる。
技術で生命を模倣するのではなく、
技術で、生命が感じさせる曖昧さを引き出す。
その試みこそが、この植物ロボットプロジェクトの核心にあるのです。
植物ロボットが歩む、横浜花博2027への確かな一歩
横浜花博で見せる「動く植物」:実現に向けた技術と知見の融合
植物ロボットプロジェクトは今、着実にその輪郭を得始めています。
temiをベースにした初期モデルは、すでにグリーンディスプレイ本社の実空間で稼働中です。ここでは、単なる装飾ではない「動く植物」という存在がもたらされ、「空間のふるまい」として植物が生き始めています。
ここを起点に、私たちが目指しているのは、屋内外を問わず、植物が自律的に環境や人との関係性を表現する存在として空間に存在することです。風が吹く広場で植物がゆっくり移動したり、朝日を浴びる場所へ向かったり、人のそばに寄って何かを伝えるように動く──。そんなふるまいが、公共空間や都市インフラの一部として機能し始める未来を思い描いています。
横浜花博から始まる、都市と植物ロボットの新たな関係
その第一のマイルストーンとして、私たちは2027年に神奈川で開催予定の「横浜花博」を一つの到達点に設定しています。そこは、花や緑、植物たちが本来の主役となる舞台です。その空間で、「動く植物」「語る植物」「ふるまう植物」を現実の来場者の前に出現させること。それが、このプロジェクトの中期的なゴールであり、私たちの思想と技術の統合を見せる最初の公開機会となるでしょう。
その実現に向けて、今進めているのは、植物の環境応答性をセンシングし、クラウド上で処理し、適切なロボティクス制御につなげるシステムの構築です。水分、温度、光、CO₂、そして人の動きや気配。これらを多層的に取得し、「いま、この植物はどんな状態なのか」「どこにいたがっているのか」を抽象化する情報設計が進んでいます。
グリーンディスプレイは植物と空間のプロフェッショナルとして、植物が“そこにいたくなる”場所や演出、状態の知見を提供します。iPresenceはそれをふるまいとして翻訳し、現実空間に実装する技術を担っていくのです。
これは単なるアート展示ではありません。単なるガジェットショーでもありません。人と自然とテクノロジーの関係性を問い直す、未来への実証の場です。
2027年、動き出す植物ロボットたちが、社会に何を問いかけるのか。そこに向けて、共創の歩みは静かに、しかし確かに進んでいます。
おわりに──“動きたがっているのは、植物かもしれない”
植物は動かないもの。そう思い込んでいたのは、私たち人間の側だったのかもしれません。
根を張り、その場にとどまり続ける姿は、静かで確か、そして変わらないものの象徴として長く捉えられてきました。しかし、植物は環境に応じて変化し、反応し、内面的には常に動き続けています。その動きが、もし空間に可視化されたらどうなるでしょうか。もし“ふるまい”として表現されたら、私たちは植物とどんな関係を築けるのでしょうか。
植物ロボットという構想は、テクノロジーで生命を模倣することではありません。むしろ、植物が本来持っている感覚や反応性を、人の感じられる領域に引き上げるための媒介としてロボットを使う、という考えに近いのです。
それは、“自然をコントロールする”ためではなく、自然と人との間に、もう一度信頼のようなものを築く行為だと私たちは考えています。私たちは、便利さと効率の追求によって、自然を“背景”にしてしまいました。しかし、このプロジェクトを通じて、背景だった植物が、再び前景へと現れてきます。それも、ただ美しく飾られるだけでなく、人のそばで、何かを伝え、共に過ごす存在として。
グリーンディスプレイとiPresenceが目指すのは、“ロボットを使って植物を動かす”ことではありません。「植物が動きたがっている」と信じ、その意思を代弁し、かたちにすることなのです。
私たちが次に植物から教わるのは、もしかすると、
「あなたのそばにいたい」
「ここは、ちょっと苦しい」
「今日は、光を浴びたい」
──そんな、ごくささやかで、ごく正直な“感情のかたち”なのかもしれません。
植物は、動かないふりをして、本当はずっと、動きたがっていたのかもしれませんね。
株式会社グリーンディスプレイ:https://www.green-display.co.jp/
iPresence株式会社:https://ipresence.jp/
2027年国際園芸博覧会:https://expo2027yokohama.or.jp/