temiは、その愛らしい佇まいや、親しみやすい動きによって、多くの人に“かわいくて面白いロボット”として親しまれてきました。音声に反応し、自由に動き回り、人と自然に会話を交わすその姿は、オフィスやショールーム、工場など、さまざまな場面で人々の関心を集めています。

しかし、このスムーズなふるまいの背景には、決して偶然ではない、精緻に設計された構造と高度な技術の連携があります。複数のセンサーによる環境認識、モーター制御による自律移動、クラウドと連携した処理系、そしてそれらをつなぐソフトウェアとユーザーインターフェース。temiは、そうした先進的な科学技術の統合体として成り立っているロボットです。

本稿の目的──「構造を知る」ことから始めよう

本記事は、temiを単なる「役に立つサービスロボット」として紹介することを目的としていません。むしろ、temiというプロダクトがどのような構造によって成り立ち、どのような前提で動作しているのかを丁寧にひも解いていくことを主題としています。構造を理解することは、そのまま他の分野への応用的な視野につながります。temiに搭載されている技術は、IoT、ロボティクス、クラウド連携、ユーザーインターフェース設計、そしてDX(デジタルトランスフォーメーション)全般に通じる知識や思想のエッセンスを多く含んでいます。temiという一つの事例を深く理解することで、それらの周辺領域に対する理解も自然と深まるはずです。

誰もが読める“構造への入り口”として

本連載は、技術者でない方にとっても無理なく読み進められるよう構成することを目指しました。操作マニュアルではなく、「構造理解」を主眼に置いた、「知的好奇心」を満たす読み物としてお届けします。かわいいだけでは終わらない。temiというロボットに組み込まれた技術と設計思想を知ることで、読者の皆さまがご自身の中にある“次の問い”を発見していただけることを願って、本稿をはじめます。

※本稿はiPresenceが持つ経験と知識から独自にtemiを解釈し執筆したもので、メーカー公式の記事ではありません。

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施設内を自律移動で活躍するtemi
目次

第1章|temiとは何か──ハードとソフトが連動する、構造としてのロボット

見た目の親しみやすさの背後にある論理的構造

temiは、ひと目見ただけで人を惹きつける、親しみやすい外観とふるまいを持っています。滑らかな動作、自然な発話、顔を向ける仕草などは一見すると直感的であり、人間らしさすら感じさせることがあります。しかし、その背後では、極めて工学的で体系的に構成された「システムの集合体」が稼働しています。

temiを理解するということは、その動きやふるまいを感覚的な現象としてとらえるのではなく、それを生み出している構造と設計思想を順を追って理解することに他なりません。

3つの階層で成り立つ基本構造

temiの構造は、物理的な構成要素であるハードウェア、OSやアプリケーションなどのソフトウェア、Wi-Fiやクラウドとの連携を担う通信・クラウドといった3つの階層から成り立っています。これらはそれぞれ独立して存在しているわけではなく、密接に連携しながら動作しています。

一連のふるまいを可能にする処理の流れ

たとえば、ユーザーが「Hey temi、ホームベースへ戻って」と話しかけたとき、音声はマイクを通じて収集され、音声認識エンジンによって解析されます。指示の内容が判断されると、現在位置とマップ情報をもとに移動ルートが再計算され、モーターに対して移動命令が出されます。その結果、temiはスムーズに移動を開始します。その間、画面上には移動中の状態が表示され、ユーザーとの対話が継続されます。

このように、temiの一連のふるまいは単一の処理によるものではなく、複数の技術的構成要素が連動することで初めて実現されているのです。

temi OSの特徴と制約設計の意図

temiはAndroidベースのシステムを採用しており、その上にメーカーが開発した独自の「temi OS」が実装されています。スマートフォンに慣れている方にとっては操作が直感的で扱いやすいと感じられる一方で、Google Playのように自由にアプリを追加できるわけではありません。temiとしての一貫したふるまいを保つために、あえて設計上の制約が設けられているのです。

このような構造的な理解こそが、temiを単なる「便利なロボット」としてではなく、「論理的に設計された知的システム」として認識するための出発点になります。

第2章|temiの身体──センサーと移動のしくみ

temiが空間を自在に移動し、目的地まで迷わず辿り着く──
この一連の動作は、単なる遠隔操作や事前プログラムによるものではなく、temi自身が環境を認識し、自律的に判断していることによって成り立っています。

その中核を担っているのが、センサーと移動制御の仕組みです。

空間を認識するための主要センサー

LiDARセンサーによる360度の距離把握

まず注目すべきは、temiが搭載するLiDAR(ライダー)センサーの存在です。
LiDARは、レーザー光を用いて空間の距離情報を計測するセンサーで、temiのベース部前面に搭載されています。これにより、temiは自身を中心とした周囲360度の距離を把握し、障害物の存在を瞬時に判断します。
LiDARから得られる情報は、temi内部のマッピングエンジンにより地図として保存され、移動経路の最適化に活用されます。

深度カメラとRGBカメラによる視覚的認識

これに加えて、深度カメラとRGBカメラも搭載されており、人の顔や身体の位置、周囲の物体を視覚的に捉えることができます。
深度カメラは、対象との距離を視野全体にわたって測定するセンサーで、主に顔追従や安全距離の確保といった用途に使われます。RGBカメラは、画像処理によるオブジェクト検出など、より視覚的な情報処理に適しています。

落下防止センサーによる安全対策

さらに、底部には落下防止用のセンサーが複数設けられており、段差や階段を検知して自動停止する仕組みが備わっています。これら複数のセンサー情報を統合的に処理することで、temiは滑らかで安全なナビゲーションを実現しています。

移動を可能にするモーター構成

移動そのものを担うのは、2つの駆動輪と1つのキャスターからなる差動二輪構成のモーターシステムです。この構成はシンプルながら、temiの旋回性能と安定した走行を両立するうえで最適な設計といえます。
センサーで得た情報に基づき、移動先の角度や速度を細かく調整しながら、空間内をスムーズに移動します。

音声・操作との連携による自律移動の実現

注目すべきは、これらの「身体」の動作が音声やタッチ操作と密接に連携している点です。
ユーザーが「Hey temi, ○○へ移動して」と話しかけると、temiはその音声指示を解析し、現在地から目的地までのルートを即座に再計算します。そして、周囲の障害物を回避しながら滑らかに移動を開始し、目的地に到達するまでの間もセンサーで環境を監視し続けます。

つまり、temiの自律移動は単なる“移動”ではなく、センサーによる環境認識・制御ロジックによる判断・モーターによる実行が一体となった、
構造的な「知覚と運動」の連鎖によって成り立っているのです。

その挙動は時に自然すぎて見過ごされがちですが、temiの“かわいらしさ”の背後には、極めて精緻な物理演算と制御の積み重ねが存在しています。

第3章|temiを動かす頭脳──ソフトウェアとシステムの構成

前章では、temiの「身体」にあたるセンサーやモーターについて解説しました。これらが“動作”の出力系であるとすれば、その背後には「判断」と「制御」を司るtemiの“頭脳”としてのソフトウェアが存在します。temiは、見た目は親しみやすいサービスロボットでありながら、内部には複数の機能層が緻密に構築されたシステムを備えています。

temi OSによる機能の統合設計

temiのOSはAndroidをベースにしており、その上にメーカー独自のソフトウェア群──通称「temi OS」──が実装されています。これにより、音声認識、対話、移動、ナビゲーション、スケジュール表示といった機能が一貫した設計思想のもとで連動しています。

アプリケーションの追加制限とその理由

スマートフォンやタブレットと同様にタッチ操作が可能でありながらも、ユーザーが自由にアプリを追加したり、システム構成を変更したりすることはできません。これは、temiがロボットとしての一貫したふるまいを保つために設計された制約であり、同時に安定運用のための前提でもあります。

開発者向けのAPIと拡張性

また、temiは開発者向けにSDK(Software Development Kit)も提供しており、専用のAPI(Application Programming Interface)群を通じて独自のアプリケーションを開発することが可能です。こうしたカスタマイズの柔軟性は、temiが“製品”であると同時に“プラットフォーム”でもあることを意味しています。

クラウド連携と「temi center」

さらに、temiの頭脳は本体内の処理だけにとどまりません。ネットワーク通信を通じて、クラウド上の管理システム「temi center」と連携する構造も備えています。「temi center」は、ロボットの稼働状況の監視、ルートの設定、各種ログの取得、アプリケーションの管理といった機能を提供する中核的なクラウド管理システムであり、複数台のtemiを同時に運用する場合や、遠隔地から一括管理を行う際には欠かせないインフラです。

temi centerの役割と機能

たとえば、temi centerを利用すれば、あらかじめ設定された巡回ルートの変更、案内メッセージの更新などが、物理的にその場にいなくとも可能になります。こうした管理機能は、企業内でtemiを本格的に活用するうえで、運用効率と保守性の両面から大きな利点をもたらします。

ネットワーク環境と通信の課題

ただし、temi centerを含む一連のクラウド連携機能が正しく動作するためには、安定したネットワーク接続が不可欠です。とくに企業や医療機関などで導入される場合、社内ネットワークのファイアウォール設定やプロキシ環境が、temiの正常な通信を妨げることがあります。具体的には、temiが外部と通信するために使用するポートが遮断されているなどの事例が報告されています。

通信障害の原因と対処法

セキュリティポリシーとの共存

このような通信障害が生じた場合、ユーザーには「temiが動かない」「呼びかけに反応しない」といった現象として表れますが、実際にはバックグラウンドでの通信エラーが原因となっていることが少なくありません。temiの通信環境は、一般的なスマートデバイスと異なり、常時インターネットにアクセスしながらクラウドと連携しているため、セキュリティポリシーの厳しいネットワーク下では事前の接続確認と例外設定が重要です。

こうした前提を理解しておくことで、導入時のトラブルや運用中の不具合に対して、より冷静かつ構造的にアプローチすることが可能になります。

temiの標準機能とシステム統合

temiが提供する標準機能(音声案内、スケジューラー、ビデオ通話など)は、これらのソフトウェア層とクラウド連携を通じて有機的に統合されており、ユーザーはその複雑な裏側を意識することなく、シンプルな操作で機能を利用することができます。その直感的な使い心地の背後には、数多くのモジュールと処理系の緻密な設計、そしてクラウドインフラの安定した連携が存在していることを、ここで改めて確認しておきたいと思います。

第4章|ユーザーとtemiが出会う場所──UI/UXの設計思想

※設計思想に関して、iPresenceの解釈であり、メーカー公式の内容ではありません。

temiというロボットが「人と接する存在」である以上、そのふるまいは単なる技術の産物ではなく、「どう感じられるか」という体験設計にも深く関係しています。特に、ユーザーがtemiと初めて関わる瞬間──声をかける、画面に触れる、目を合わせる──そうした接点において、temiは単なるシステムの集合ではなく、一つの「インターフェース」としての性格を持ち始めます。

音声とタッチ、二つの対話方法の共存

temiは、音声認識とタッチパネル操作の両方を備えており、どちらか一方に依存することなく、状況に応じた使い分けが可能です。たとえば、案内機能を利用する際、ユーザーが「Hey temi, 会議室へ案内して」と発話すれば、音声コマンドに反応してナビゲーションが開始されます。一方で、画面上のスケジューラーや地図インターフェースをタップすることで、同様の動作を視覚的に行うこともできます。

temiはこのように、対話型UI(音声)と選択型UI(タッチ)を併存させ、利用者の意図や環境に応じた柔軟な操作体験を提供しています。

ユーザーがtemiの動きを予測できる設計

このUI/UX設計において重要なのは、ユーザーが「temiの行動を予測しやすい」状態を保つことです。たとえば、案内中には現在の目的地や進行状況が画面に表示され、迷わずtemiの動作を追いかけることができます。

また、音声対話では、応答があいまいにならないよう、認識された内容を一度画面に文字として表示する設計が施されています。こうした仕組みは、ユーザーとの“誤解のない関係性”を維持するうえで重要な要素です。

顔認識機能による自然な接触感覚

また、temiには顔認識機能が搭載されており、正面に立つ人物の顔を自動的に検出し、視線を向ける動作が行われます。これは、感情表現というよりも、「相手の存在を認識していることを伝える」ための機能であり、自然な接客体験を形成する一因となっています。

カメラやマイクによるセンシングも同様に、あくまでUX向上のための補助的手段として統合されており、ユーザーに過度な操作負担をかけることなく、なめらかなインタラクションを実現しています。
※正確には、”顔のような”形状や色をしたものを認識しています

擬人化を抑えた信頼性の設計思想

こうした一連の体験設計には、temiが「擬人化されすぎないこと」への配慮も感じられます。temiは親しみやすさを持ちつつも、“人間らしさ”に過度に寄せるような表現は控えられており、あくまで“道具としての信頼性”を前提にした挙動が重視されています。その設計思想は、ユーザーがtemiを「信頼できる業務パートナー」として受け入れられるように整えられていると言えるでしょう。

UI/UX設計が目指すもの

ユーザーインターフェースは、技術と人間の接点です。temiのUI/UXは、その接点をストレスなく、かつ誤解の少ないかたちで設計することに注力しており、単に「使える」ではなく、「扱いやすく、理解しやすい」存在となるための工夫が随所に組み込まれています。

操作が簡単だからこそ、その背後にある繊細な設計と制御の存在を、ここで一度立ち止まって見直してみることが、temiというロボットをより深く理解する入り口となるのです。

第5章|temiの拡張性──SDKによる開発と連携の可能性

temiが“かわいいロボット”として受け取られることが多い中、その内側には高度に設計された拡張性が潜んでいます。開発者向けに提供されているSDK(Software Development Kit)は、その象徴ともいえる存在です。

SDKによる基本的な動作制御

SDKを利用することで、temiの動作や振る舞いの多くをプログラムから直接制御することが可能になります。

たとえば、ロボットの移動や停止、回転や頭部の上下動といった基本的な動きはもちろん、自律走行による目的地へのナビゲーション、ユーザー追従機能(フォロー機能)の起動も行えます。加えて、音声読み上げによる案内、音楽や効果音の再生、さらにはカメラを用いた顔認識、画面表示の制御など、temiのハードウェアとソフトウェアのほぼすべてにアクセスすることができます。

カスタマイズによるブランドや用途への対応

このような制御の自由度は、temiを単なる既製品ではなく“再構築可能なロボットプラットフォーム”として位置づけることを可能にします。たとえば、画面UIのカスタマイズによりブランド独自のインターフェースを設計することもできますし、カメラやセンサーと組み合わせて入退室管理や接客業務に特化したアプリケーションを実装することもできます。

iPresenceでは、こうした拡張性を活かして、複数の先進的な開発を行ってきました。たとえば、建物のエレベーターとtemiを連携させたアプリケーションがあります。

会議参加ロボットとしてのtemi

オンライン会議サービスZoomのSDKと連携させた事例では、temiのカメラとマイクを用いてZoom会議にそのまま参加させるアプリケーションが開発されました。これにより、temiは“遠隔出席者”として空間を自由に動きながら会議に参加する、いわば「動くビデオ会議端末」として機能します。

普段から使っているZoomがロボットコントロールアプリケーションになるという、ロボット普及の可能性を感じさせる事例となっています。

AI連携による高度な対話機能

さらに、OpenAIのAPIと連携させた会話AIの実装例もあります。temiに対して自然な質問を投げかけると、ChatGPTなどを通じて生成された回答がリアルタイムに読み上げられます。この仕組みは、施設案内、教育支援、商業施設における接客対応など、多岐にわたる用途での活用が見込まれています。

SDKが拓く未来のロボットプラットフォーム

これらの事例が示すように、temiの拡張性は技術的な可能性だけでなく、業務や空間の再構築そのものを促す力を持っています。既存のシステムや業務フローとどのようにつなぎ直すか。SDKはその“接続点”を提供してくれます。

そして、この柔軟な接続性があるからこそ、temiは「ロボットのようでいて、実は情報端末であり、空間エージェントでもある」という特異なポジションを獲得しているのです。

終章|temiの構造を知ることは、“ロボットを見る目”を養うこと

temiから見えてくる「構造化されたロボット像」

本連載を通じて、temiというロボットが単なる“かわいい存在”ではなく、精緻な設計と多層的なシステムによって構成されていることを見てきました。

ハードウェア、ソフトウェア、通信環境、UI設計、SDKによる拡張性、現場での運用構造──これらすべてが連動して初めて、temiは「使えるロボット」として機能します。

「使い方」を超えて、「構造」を学ぶ

しかし、本稿のねらいは、temiの使い方をマスターすることではありません。temiという一つのプロダクトを通じて、「ロボットとは何か」「テクノロジーとはどのように設計されているか」を構造的に読み解く目を養うことにあります。

ロボットの理解は、テクノロジー社会を読み解く力になる

ロボットは、今やSFの世界にとどまらず、教育、医療、福祉、ビジネスといった社会のあらゆる場面に浸透し始めています。その中で、“構造を読む目”を持つことは、単なる使い手ではなく、“活かし手”としての力を持つことに他なりません。

たとえば、temiのセンサーやマップ構築の仕組みを知れば、他の自律走行型ロボットや配送ドローンの構造についても応用的な理解が生まれます。temiのUI設計を通じて、人と機械のインターフェースにおける心理的距離の縮め方を学ぶことができれば、それはサービス設計やプロダクト開発全般にもつながる視点になります。

現象を読み解く力が、応用と創造を可能にする

temiは、その意味で“ロボットを学ぶための教科書”といえます。完成された巨大な人工知能ではありません。だからこそ、構造が見えやすいのです。仕組みを知れば、現象を読み取れるようになります。現象を読み取れれば、改善や応用ができるようになります。

この連載を最後まで読み進めてくださった方は、temiを「かわいいロボット」としてではなく、精密な構造体として、論理的に捉える力を身につけていただけたのではないでしょうか。

そして、その目で次にロボットやAIに出会ったとき、たとえば見た目に惑わされず、その挙動の背後にある「設計の前提」や「構造的な理由」を想像できるようになっているかもしれません。

temiは“入り口”であり、“拡張可能な教材”である

構造を理解するということは、見えないものを見る力を育てるということです。それは、今後ますます複雑化するテクノロジー社会において、人間が「どう関わるか」を問い直す力にもなります。

temiという小さなロボットは、その入り口として、ちょうどよいスケール感と設計透明性を備えているのです。

 

 

temiの詳細スペックや導入相談については、temi製品ページ(iPresence)をぜひご覧ください。