アバターロボットは、遠隔で“もう一つの身体”を持つという手段となり、国内でも本格的な普及が始まろうとしている。これから企業や自治体が導入を検討する機会が確実に増える中で、どのような技術が存在し、どんなプレイヤーが動いているのかを把握しておくことは重要になる。本記事では、アバターロボットに関する国内の主要な取り組みを整理し、研究・行政・事業化のそれぞれで何が進んでいるのかをまとめた。今後の導入判断や企画立案の参考として活用できる内容を目指した。
※本内容はiPresenceの独自調査での見解です。詳細は個別に御確認ください。

【アバターロボットの用途】


アバターロボットとは、遠隔地にいる操作者の意思や行動をロボットを介して現実空間に反映させる「分身(アバター)」型のロボットである。操作者は自宅や別の拠点からネットワーク越しにロボットへアクセスし、移動・対話・作業などを行えるため、「その場にいないのに、あたかも現地に存在するかのように活動できる」点が最大の特徴となる。用途は幅広く、観光地でのリモートガイド、店舗や駅での遠隔接客、工場の設備点検、ビルの警備、病院での見守り、教育現場でのオンライン登校、離島や海外との接客業務、災害現場や危険区域での代替作業など、多様な場面で導入が進んでいる。特に人材不足、危険作業の代替、移動困難者の社会参加といった社会課題の解決手段として注目されており、国内でも自治体、鉄道会社、大企業が導入実証を重ねている。アバターロボットの価値は「操作者の能力を空間的に拡張する」点にあり、遠隔で働く・参加する・支援するという新しい社会基盤を形づくる存在として期待が高まっている。

【アバターロボットの技術構成】


アバターロボットは、遠隔操作を成立させるために複数の技術要素から構成される。まず本体側には、自律移動や姿勢制御を行うモーターと車輪・脚機構、周囲を認識するためのLiDARやカメラ、マイク、スピーカーなどのセンシング・コミュニケーション装置が搭載される。操作者の操作をロボットへ伝えるためには、PC・スマホ・VRデバイスなどから入力される操作情報をリアルタイムに送受信する通信技術が不可欠であり、クラウドサーバーやWebRTC、低遅延ストリーミングが中核になる。さらに、動きの追従や安全な停止を実現する制御アルゴリズム、利用者がスムーズにロボットを扱えるようにするUI/UX、衝突回避や自動帰還などの自律制御技術も求められる。より高度なアバターロボットでは、力覚フィードバックによる触感再現、マスター・スレーブ式の同期制御、多指ハンドによる器用作業などが組み込まれ、人間の身体性を高精度に再現する方向へ進化している。これらの要素が統合されることで、「離れた場所で自分の身体をもう一つ持つ」ような体験を実現している。

【国家戦略(ムーンショット計画)】

日本国家としてのアバターロボット戦略は、内閣府ムーンショット計画(目標1)で掲げられた「サイバネティック・アバターの社会実装」を中心に進められている。これは少子高齢化による労働力不足や移動制約の増大に対して、アバター技術を国家インフラとして位置づける構想である。狙いは、2050年までに“誰もが複数のアバターを自在に扱い、さまざまな現場で複合タスクを遂行できる社会”を実現することにある。遠隔操作ロボット、AI支援、脳機械インターフェース(BMI)、技能伝達システム、自律移動型ロボット群などを組み合わせ、人間の能力や働ける範囲を拡張することが基盤となる。プロジェクトでは、介護・医療・災害対応・インフラ維持・産業作業・教育など、多くの分野での「身体的制約の解放」を国家的課題として扱い、研究だけでなく法制度、倫理、社会受容性まで含めた包括的な検証を進めている。最終的には、人口構造の変化が社会システムを圧迫する前に、“アバター労働力”という新たな補完資源を整備することで、日本が長期的に持続可能な生産体制と社会参加環境を維持することを目的としている。

内閣府ムーンショット目標1:https://www8.cao.go.jp/cstp/moonshot/sub1.html

【newme(ニューミー)/avatarin】

newmeはANAホールディングス発のスタートアップ avatarin が開発した、遠隔移動型アバターロボットである。タブレット型の“顔”と自走機構を備え、操作者は自宅やオフィスからPCやスマートフォンでアクセスし、ロボットを現地に送って移動・対話・案内ができる。最大の特徴は「場所に縛られずに社会参加できる」点で、観光案内、店舗での接客、企業の受付、イベントでのステージ登壇、空港での多言語案内など、国内外で活用範囲が急速に広がっている。通信はクラウド型で、回線品質に合わせて映像や音声を最適化する仕組みを持ち、遠隔地にいながら“その場所の空気”を感じながら接客できる点が強みとなる。自治体のデジタルツーリズム施策でも採用され、別府市(大分県)のリモート観光や、JR東日本との駅案内実証など、社会実装レベルでの数多くの事例が進行中である。国内で最も利用シーンが広いアバターロボットの一つであり、コンシューマー向けから行政・企業用途まで用途がスケールしやすい点がnewmeの実戦的な価値となっている。

avatarin :https://about.avatarin.com/

【OriHime(オリヒメ)/オリィ研究所】

OriHimeは、重度障害や長期療養など外出困難な人が社会参加するための“分身”として開発されたアバターロボットで、国内で最も強い社会性を持つロボットとして位置づけられている。手のひらサイズの軽量設計で、視線やスイッチ、音声など、使える身体機能に応じた多様な操作方法が用意されている点が最大の特徴。単なる遠隔操作機ではなく「存在を届ける」思想が基盤にあり、教育現場では不登校支援としてリモート登校に活用され、医療現場では入院患者が自宅や学校とつながり続けるために使われている。さらに、社会的に大きな注目を集めたのが「分身ロボットカフェDAWN」での実証で、外出困難者がOriHimeを操り、接客やコミュニケーションを通じて働く体験を得られる取り組みである。ここでは“働けることの意味”を広く社会へ問いかけ、遠隔労働の価値を可視化した。シンプルな外観と高い信頼性、そして人の尊厳や参加を支える思想が、OriHimeの独自性をつくっている。

オリィ研究所:https://orylab.com/

【ugo(ユーゴー)】

ugoは、二本腕・可動アーム・昇降ユニット・自走ベースを統合した“実務特化型アバターロボット”で、ビル管理や警備、設備点検などのリアルな産業領域に投入できることが最大の特徴である。遠隔操作と自律機能のハイブリッド構成で、通常は自律走行で巡回し、必要な場面や高度な判断が求められる作業だけを遠隔オペレーターが担当する。これにより、単純労働の自動化と、人間の判断力が必要な作業の効率化を同時に実現できる。大成株式会社との提携によるビル警備実証、複合施設での巡回・点検、オフィスビル内でのスタッフ支援など、社会実装フェーズのプロジェクトが複数進行している。高さ可変のアーム構造により、スイッチ操作・掲示物変更・簡易清掃など、人が行ってきた“手が届く作業”を代替できる点が強みで、遠隔化・省人化が求められる現場で存在感を高めている。産業用途に特化した国内アバターロボットとしては、最も現場価値の高いモデルの一つである。

ugo:https://corp.ugo.plus/

【トヨタ自動車(T-HR3)】

トヨタ自動車は、アバターロボット領域において「T-HR3」を中心とした高度なテレプレゼンス技術の研究を続けている。同ロボットは2017年に発表された第3世代ヒューマノイドで、全身54軸を備え、人間の動きを遠隔地で忠実に再現する“マスター・スレーブ”型の操作方式を採用している。最大の特徴は、トヨタ独自のトルクサーボ技術と力覚フィードバックを組み合わせた制御技術で、操作者の動きをリアルタイムにロボットへ伝えるだけでなく、ロボットが受ける力や抵抗感を操作者にも返すことができる。この仕組みにより、人間の身体性に近い「精密な作業」を遠隔で実行できる可能性が広がっている。東京2020大会においては、T-HR3が公式マスコットロボットと連携し、遠隔で観客に手を振ったりポーズを取ったりするデモが公開され、国内外から注目を集めた。現在は医療・介護・宇宙作業といった専門領域への応用を視野に、遠隔協働作業やヒューマンロボットインターフェースの研究が進んでいる。トヨタはモビリティ企業として「移動の概念」を拡張する研究を強化しており、人が“行けない場所で体を持つ”というアバター技術の未来を長期視点で推進している。

TOYOTA T-HR3 2019年12月13日記事:https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/30609610.html

【本田技研工業株式会社(Honda アバターロボット)】

Hondaは「Honda アバターロボット」構想として、遠隔操作ロボティクスを中核に据えた研究開発を進めている。これは単なるロボット開発ではなく、“人の能力を距離・空間に縛られずに拡張する”という未来型モビリティ戦略の一環である。2021年にプロジェクトを公表し、2030年代の実用化を目標に掲げるなど、長期的な技術ロードマップを明確に示している。Honda アバターロボットの特徴は、高精度の多指ハンドとAIサポートを組み合わせることで、人間の手作業をロボット側で忠実に再現できる点にある。缶飲料をつかむ・細かな道具を扱うといった“器用さ”の再現に焦点をあて、ASIMOで培ったロボティクス技術を継承しながら、より実践的な遠隔作業ロボットへの発展を図っている。また、VRデバイスや触覚インターフェースと組み合わせた操作システムにより、操作者が「その場にいるような感覚」で作業できる体験を実現する方向性を示している。Hondaはこの技術を災害支援、宇宙作業、危険区域での代替作業、離れた家族の支援など、多様な用途での社会実装を見据えており、「Honda アバターロボット」を将来の社会インフラの一部として位置づけている。検索ユーザーが求める“Hondaのアバターロボットが何を目指しているのか”という答えに対して、最も明確なビジョンを示している企業の一つである。

Hondaアバターロボット:https://global.honda/jp/tech/Avatar_robot/

【大分県】

大分県は、日本の自治体の中でも最も早期からアバターロボットの社会実装に取り組んできた地域である。観光地・温泉地としての強みをもちつつ、人口減少や移動制約という全国的課題にも直面しており、その課題解決と新たな地域価値の創出の両面からアバターロボット活用を推進してきた。中心となったのが、別府市を拠点とする「HELLO FUTURE! in 別府」プロジェクトで、県委託事業としてアバターロボットの導入・実証・体験機会創出を一体的に進めている点が特徴である。観光現場では、遠隔地のユーザーがnewmeやtemiを通じて別府の街を案内したり、バリアフリー観光の新しいモデルとして活用された。また、病院や学校などの公共分野でもOriHimeを使ったリモート参加の機会を整備することで、外出困難者の社会参加支援を地域政策として組み込んだ。さらに、県内事業者向けにアバターロボット活用セミナーやハンズオン体験会を継続的に開催し、地元企業・観光事業者・教育機関が主体的にロボット活用を検討できる環境づくりを進めている。大分県の特徴は、単なる実験で終わらせず、行政・企業・住民が関わる“地域全体でのアバター社会の受容性”を段階的に育ててきた点にある。全国でも数少ない、アバターロボットを「地域の未来戦略」に組み込んだ自治体であり、分身技術を活用した新しい観光・教育・労働のモデル地域として注目され続けている。

HELLO FUTURE!:https://avataroita.jp/

【東京都文京区】

文京区は、自治体としていち早くアバターロボットを行政運営に取り入れることを想定した本格的な実証を行った先進例であり、その中心にあるのは「遠隔勤務でも区役所の現場感を失わない働き方」を実現するという明確な目的である。区は在宅勤務が広がった時期に、従来の電話・チャット・オンライン会議だけでは把握できない“庁内の空気感や流れ”を補う手段が必要だと判断し、アバターロボットを活用した新しい庁内コミュニケーションのあり方をiPresenceと共に模索した。そこで20台のアバターロボットを庁内に配置し、在宅勤務中の管理職や担当職員がロボットを通じて執務フロアを巡回し、職員との対話や状況確認を行える環境を整えた。これにより、職員への声掛け、課題の早期把握、来庁者対応に関する相談といった「現場にいなければできないと思われていた業務」を遠隔で代替できることを検証した。さらに文京区は、運用設計や導入効果の測定を継続的に行い、行政DXにおいてロボット活用が“現実的かつ有効な選択肢”であることを明らかにした点が大きい。文京区の実証は、自治体が自ら課題を定義し、新しい公共サービスのかたちを積極的に模索した好例であり、行政領域におけるアバターロボット活用の方向性を全国に示したプロジェクトとなっている。

取材記事(TOMORUBA):https://tomoruba.eiicon.net/articles/4866

【FuAra(フアラ)/iPresence】

FuAraは、iPresenceが自社開発した新しい形のアバターロボットであり、「ハグできるロボット」という独自性を持つソフトロボティクスモデルである。柔らかい外装と安全機構を備え、AIによる単体稼働と、遠隔操作者によるテレプレゼンス操作の二つのモードを切り替えられる点が特徴。人と触れ合うことが前提にあるため、従来のアバターロボットでは難しかった“情緒的なコミュニケーション”を実現できる。また、キャラクター性の強いデザインを採用し、アニメーション的な魅力とロボット技術を融合させた設計思想が、子どもから高齢者まで幅広い層に受け入れられやすい。2025年大阪・関西万博では、展示ブースで人気を集め、多数の来場者がハグ体験を求めて行列をつくるほど高い関心を獲得した。iPresenceがこれまで培ってきたテレプレゼンス技術と、“フィジカルな温かさ”を持つロボティクスを組み合わせたFuAraは、単なる遠隔作業ロボットではなく、人の孤立や心のケアにも寄与しうる新しいカテゴリのアバターとして位置づけられる。

記事(iPresence):https://ipresence.jp/magazine/fuara-expo2025-report/

【Telepii(テレピー)/iPresence】

Telepiiは、iPresenceが展開する軽量・低コスト・高可搬性のアバターロボットで、スマートフォンやタブレットを搭載して遠隔操作で顔を出し、コミュニケーションを行えるシンプルなテレプレゼンスモデルとして設計されている。最大の特徴は「取り回しの良さ」と「導入しやすさ」で、ロボット本体はコンパクトなモバイルスタンド型のため、教育現場・イベント・企業受付などあらゆる場所ですぐに運用できる。通信はクラウド方式で、アプリにログインするだけで操作者がロボットと接続できるため、遠隔授業、オンライン接客、離れた拠点との社内コミュニケーションなど、さまざまな用途に応用されている。iPresenceはTelepiiを通じて“遠隔で顔を出せる環境”を全国の個人や企業に提供し、テレロボット導入の第一歩として位置づけてきた。多種多様なアバターロボットを扱ってきたiPresenceの知見を凝縮した入門機であり、ロボット活用のハードルを一気に下げたモデルとして評価されている。

Telepii:https://telepii.com/

【今後のアバターロボット】


今後のアバターロボットの普及を左右する最大のポイントは、AIとの統合がどこまで進むかにかかっている。現在のアバターロボットは多くが“人が操作する”ことを前提にしているが、AIによる自律補助が入ることで、操作者の負担を軽減しつつ高度な判断や安全制御を実現できる。自動回避、経路最適化、簡易作業の自動化、会話の一次対応など、AIを組み合わせることで遠隔作業の品質と効率は大きく向上する。この技術統合が実用レベルで成熟するまで、あと2〜3年程度と見られており、そのタイミングで市場規模が一気に膨らみ、大手企業を含む本格的な参入が増えることが予想される。これは、業務用配膳ロボット・清掃ロボットの普及が一巡した次の波として、アバターロボットが有力なテーマに浮上してきているためでもある。単純作業の自動化が広がった後、人間の存在そのものを遠隔化する技術へ関心が移るのは自然な流れといえる。一方で、最大の技術的課題となるのが操作と映像音声の“リアルタイム双方向性”で、操作の感覚的同期、通信の安定性、遅延補正、帯域最適化など高度なエンジニアリングが求められる。これを突破することで、アバターロボットは次の産業フェーズへ進む。